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月別アーカイブ: 2月 2014

心の苦しみ

 

皆さまこんにちは!

きょうは、このテーマでお話しさせていただきたいと思います。

 

心が苦しいって、あるいは悩みって、うとましく、つらいものです。 負の要素ばかりで、自分にとって何の価値も無いように感じられ、この悩みさえ無ければ、本当にすっきり軽やかに生きられるのに・・・という気持ちを持つ事は、きっと誰にもある事でしょう。 

 

この、私たちが今生きている世界 (現象界)に、悩みはつきものです。

私たちはこの世で悩む事により、それを乗り越えていこうとする過程で、飛躍的な霊の成長が望めます。 この肉体を持って悩み、行動する事が、霊界にはない価値があるからです。 

 

私たちはこの次元で、物質的であり、時間の移ろいの中、年齢と共に変化し、有限で、積極的に健康を保ち生かしていかなければならないこの体を持ちながら生きています。 この体と、そして体と連動して必要なものを求める精神があるがゆえに、悩みが生じるとも言えるでしょう。

 

霊界では、思い付きが即、その世界での現実化してしまいます。 霊界は非肉体の世界とはいえ、観念で想像する事は何でも生み出してしまえます。 もちろん五感を持った、こちらの世界と同じような霊の世界での体も。不思議な事ですが、必要が、行動をともなわなくとも満たせてしまうのです。 催眠療法とは、ある意味それを疑似体験できる方法なのだと言えるでしょう。

 

生きていく基本としての衣食住があり、その健全な必要性を満たす以外にも、さまざまな多様な必要性の中で、私たちは生きています。  

この肉体を持ち、それぞれの立場で、社会的な健全性と調和とを保って、自己を表現、実現していくことが、私たち 一人一人のこの世のお仕事です。

 

何かのきっかけで心の苦しみが始まり、それが続くと、今度は体に変調をきたし始めます。 またそれがさらに続くといずれどこかが病気になる場合もあり、そうなると普通の意味での社会生活を送る事が困難になります。 私たちは心の中で生じ、放っておけば勝手に膨らんで肥大化する心の悩みにも、どこかでけりをつけなければなりません。

 

精神の、心の苦しさから逃れるための、確実な方法があります。 それはやはり、行動する事です。 逃げおおせる為の行動ではなく、克服するために前を向いて歩き始める行動です。 そして単純に、この世ではそれ以外に克服への道は無いとも言えるでしょう。 予期不安や、過呼吸、パニックなどを持っていて、とてもそれどころではない・・・という方も、いらっしゃるかもしれません。 しかし、本当の病気でない限り、それらは少しずつ、自分で小さな努力を積み重ねれば、時間はかかっても症状は弱めていけるし、それこそが、乗り越えていくための確実な方法なのです。 

 

 外に出る事が困難なら、まずは目の前にある、日常の小さな事からでよいのです。

今できる、小さなことでいいのです。 何をしたら良いのか分からない時は、とりあえず普段しなければならない事を、ていねいにしっかりとやってみましょう。 地味でつまらないとも思える普段の事。 社会的には何の成果もメリットも自分にもたらしてくれない日常の行為、歯磨きや部屋のそうじ・・・何でもいいです。 面倒くさいと感じるそれらの行動に心を込めて組みます。 それが自分を大切にするという事だと思います。 そしてできれば、その人にとってのいつもの場所へと、行けない理由を捜さず、いろいろ考えずにただ足を運ぶ・・・。

精神力とは、そういう事で鍛えられていきます。 それが霊の成長です。 何は無くとも、地道なそういう毎日の積み重ねが、いつしか自分を信頼し、本当の意味で大切に思う気持ちへとつながっていきます。 おおげさでなく、この自分で生きる自信へとつながっていくのです。

 

不安からパニックになってしまう方は、自分の好きな落ち着く香りを、アロマショップなどで捜して、用意しておくとよいでしょう。 できればアロマの精油がいいですが、なければ好きな、親しんでいる香りでもちろんいいです。 それをハンカチなどに、ほんの少しだけ染み込ませて、ポケットなどに入れておき、呼吸が苦しくなりそうな時、あるいはなったら、その香りをゆっくりと少しずつ、鼻から吸い込んでみてください。 香りは脳にダイレクトに作用し、短い時間である種の脳の興奮を鎮めてくれます。 人間、生きている間は呼吸が止まりません。 だから、どんな時にも呼吸を整える事で、気持ちを落ち着かせ、ふだんの自分を取り戻す事ができるのです。 

もちろん病院の薬が必要な方は、そちらをお使いください。

 

あせらなくとも大丈夫です。 それに、あせりは禁物です。 そういうことの克服には地道な努力を重ねる事が必要で、それには長い時間がかかるものです。 完全に忘れるという事はできなくとも、自分の日常を阻害するようなパニックは充分克服していけます。  

若い方でこのような症状をお持ちの方は、特にお辛いでしょう。… 続きを読む

今ある悩みに、今得られる過去からの回答

  

皆さま、こんにちは!

更新遅れてすみません。 

 

きょうは、前回の続きをお話させていただこうと思います。 

 

生まれる前・・・私たちのこの人生が新しく始まる前に、私たちはその途上で起きてくる、すでに前回お話した理由などによりあらかじめ決まっている、大きな出来事や状況設定などを知っていて、その時にどんな選択をすれば自分にとってより高いバーを超えることができるのか・・・より意義のある選択ができるのか・・・という事を知っています。

そして、前回までの人生で果たせなかった事、乗り超えられなかった、あるいは乗り越える途中になってしまっている事、努力して続けていた何かをより進化させたい・・・などの理由により、その魂なりの目標を設定しています。

 

そしてその設定は、様々な困難な状況や人間関係、果敢に挑戦すべき目標などとなって、私たちの人生上に生じてきます。

 

たとえば、現在の人生で苦しんでいる依存症とか、ある癖(くせ・へき) があったとします。 それは、人生のある時期より、何かが引き金となり突如として始まりました。 理性的に考えて、あるいは頭ではいけないとわかっているのに、どうしてもやめられない・・・みたいな根深い悩みは、たいていの場合過去からその問題を、現在の人生に持ち越しているものです。

その出来事が始まった最初の記憶にたどり着き、このトラウマを持つに至った原因を突き止め、そこに光を当てて客観的に見る事で、なぜ自分がこの悩みを持つに至ったのかという、その理由を知る事。 そしてそれを理解し、あるいはその時の自分の苦悩を現在の自分と分かち合い、ときには抱きしめて癒す事で、この人生で苦しんでいた今を生きる自分の心が癒され、あるいは具体的な症状が緩和していく・・・という事があります。 あるいは納得できる事で、これからその問題を克服していく勇気を持てるようになります。

 

それにはまた、より高い霊の次元からの、その人の導き手となっているガイド役の存在、あるいは他の、もう故人となった、その方に縁深い魂の方の来ていただき、サポートをしてもらう事が通常です。 具体的なッセージや、愛のエネルギーをいただき力になってもらいます。 そういう見えない存在は、日ごろから私たちへ向けてそういう働きかけをしてくれているものなのですが、受け手側の見えない窓、ドアが開いていないと、それがなかなか分からない、あるいは難しかったりします。 その窓、ドアを開く作業が催眠療法だという事です。

 

もちろんこちらが呼ばずとも、セラピー中に思いがけないタイミングで現れて、どうすればその問題の克服が容易になるのかを知らせてくれることもあります。

 

私は最近、ある公開カウンセリングの回答欄に、専門家の一人としていくつか回答をしていました。 

 でも、そこに登録するのをやめました。 登録してあると回答できますし、お悩みを拝見してしまうと、やはりついつい回答してしまいたくなって・・・。 

その回答した内容が、私なりに直観した事とはいえ、そのご相談者の方のその時の気持ちにフィットしなければあまり意味がありません。 そういう意味で、私はカウンセラーではないなと思いました。 私のガイドはその時、「その人の視点に立って、寛容に物事を見るようになさい」 ,と、言いました。 私にはやはり、セラピーによりその人自身の内に訪れるものを引き出すやり方が、いちばん合っているようです。

 

ですから、このサロン、セラピーをご利用してくださる方々に、さまざまな、より高い次元からのメッセージや気づき、癒しを、ご自身により直接持ち帰っていただきたい・・・とあらためて思いました。

 

 

私の師事する先生が、そのご講話の中で教えてくださいました。

「問題は、それと同じレベルの意識で向き合っても、たいていの場合解決しないし、挫折することが多いものである。 

それを超えるレベルの方法で向き合うことで、より易しく、苦痛なく乗り越えていける・・・」

ようするに、たとえばダメだダメだと思っていて止められない事を、自分の意志とか意識でコントロールしようと思っても、同じレベルの中での向き合い方なので、それをどうにかすることは難しいと。

 

その先生の教えていらっしゃるのは瞑想であり、それは古より、多くの聖人・賢者が実践し、その必要性が伝えられて来ました。 

 

そして、私たちに開かれた別の方法の一つとして、前世療法があるのだと思っています。

 

人は、より成熟した人による、温かい言葉掛けや時には厳しい指摘などの、英知あるアドバイスにより、枯れかかった鉢植えが水と陽の光を得たように、元気や生命力、あるいはやる気を取り戻す場合があります。

ですが私は、自分のお役としてのこの方法 (前世療法)で、がんばって行こうと思います!

 

 今度の更新は、もっと早くにいたしますm(__)m

 *先日これを掲載した時に、途中のある部分 「その方の気持ちにフィットしなければ、あまり意味が無い・・・」 という書き込みになってしまいましたが、付け加えさせてください。 フィットしなければならない時と、そうではなくて、「こう考えるといいよ」 とか、あるいは、「それは違うと思うよ、こうだよ」 というのも当然あると思います。 それが多くの専門家の方に回答をもらえる公開カウンセリングの良さであり、すばらしさであると思います。 言葉が足りませんでした。

 

過去に、記憶をさかのぼる事で。

 

皆さまこんにちは!

 今回は、記憶をさかのぼって過去の出来事を見る事に、どんな価値やメリットがあるのか、という事について改めて思いを巡らせてみたいと思います。

 

私たちは一般的に、自分で思い出せる過去の記憶は、思い出せる範囲の子供時代の出来事が、ほとんどそのすべてです。

 それでは、催眠療法ではどうして、今ではすっかり忘れてしまっていたこの人生の以前の記憶、あるいはそのさらに先の過去、それももう数百年、あるいは千年以上も前の記憶が掘り起こされるのでしょうか。

 

私たちは通常、輪廻転生を繰り返して個々の魂の向上を図ります。 魂の学びというのは、究極的には一つ一つの魂の、完成・完全性を目指す旅であり、それは「神との一致」 あるいは、「神との合一」 というふうにも呼ばれるそうです。 私たちは皆、意識しているのかいないのかに関わらず、霊的にそれを目指して歩むといわれます。

 

しかし、たとえそれが魂・・・霊の私たちにとっての究極目標であったとしても、いわゆる普通の日常生活の中で、日々小さな努力を重ねていくしかない私たちの多くにとっては、側にありそうで遠そうな、何だかよく分からない漠然とした感じです。

 

でも、生きるという事の真の命題が何であろうと、また、いちいちそんなふうに考えなくても、一人の人間としてぜひ向上していきたいという願いや、あるいは自分にとって無意識に祈りを捧げるような存在にもっと近づいて行きたいという気持ちがあるのは、私たちにとって、1年の始まりにその年の繁栄や無病息災を祈るような、心の奥から自然に湧いてくる共通の感覚ではないかと思うのです。

 

魂は、まだ生まれて来る前の段階で、いろいろな試練が人生上の様々な時宜に生じるように、自分で自分に計画して、あるいは過去からの宿命や運命として引き継がれる事を決定された上で、生まれて来るといいます。

でも残念ながら、私たちはほとんどの場合 (のちに聖人と呼ばれるようになった人ですら) 最初はその事をすっかりきれいに忘れた状態でこの世に生まれて来ます。 理由は様々あるようですが、せっかくまた新たに始めようという人生の、その学びのために、不要な記憶や先入観は百害あって一利無しという事なのでしょう。

 

ただし、表層の記憶としては引き継がれなくても、その魂の他の人生での、特に強い感情をともなった経験による感覚は潜在意識にくっきりと刻まれており、何らかのきっかけでひょっこり表層意識に顔を出してきます。 そのスイッチを押す、その人にとっての「何か」に関係した人や出来事、あるいは物に出会う度、わけもなく引きつけられたりあるいは嫌悪感を感じたり、また、それまで見た事が無い写真の風景に強い既視感を覚えたり、ある種の言葉や道具などに特に親しみや懐かしさを感じたりしてしまうのも、そうした過去の経験が関係していると言えます。 

そういう感覚は、誰しも理屈で説明することはできないか、あるいは難しいでしょう。 そして多くの人が、そのような経験を持っていると思います。

 

 私は、過去世退行催眠は、真の自分を探し求める、あるいは見つけるために、誰もが使う事のできる一つの手段だと思っています。 

それによって、時間と空間を超え、自分の旅してきたこれまでの長い長い道のりを改めて振り返って見つめる事で、 私たちがなぜ生きるのか、なぜ生まれてきて、何のために学ぼうとしているのか、と言う問いに、真正面から何らかの答えを得ることができ、または自分自身でそれを見たり知ることで、納得できる方法だと思うのです。

私たちの誰もが、移り行く時の流れの中で、真の自分を獲得するべく、これまでも長い長い時間をかけて、この体・・・日々のメンテナンスが必要な、疲れるし、病むし、重力に逆らわなければならないこの体を持った事でしか学べない経験から学ぼうと、懸命に取り組んで来ました。

 

次回は、「今ある悩みに、今得られる過去からの回答」 と題して、引き続いて書こうと思っています。