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ココロ Heart ヒーリング スワミィ
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スワミィの日本人宗教論Part2❤

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スワミィだよ❤

この前、相談の回答で、法然さんが1日7万回の念仏を唱えたって書いて、その後、自分でやってみて絶対無理だと思った。200回ぐらいで数えられなくなったから。

たぶん7千回ぐらいが限界じゃないかしら。ま、いいんだけど。

前回の続きよ❤

”日本人”という言葉を使う時、必ずしも一意的に使っているわけではなく、シニフィアン(意味するもの)とシニフィエ(意味されたもの)を状況に応じて、また、対象の人物に応じて使い分けている。

何を基準にして使い分けているのか、それも重要だけど、何の意識も無くても無意識で使い分けることができるのも”日本人”だと定義することもできる。

つまり、日本人は、日本人であることを深く考えなくても、表と裏の意味での”日本人”という言葉を使い分けることができる。

王貞治さんやデビ夫人に対しては、”日本人”。

曙さんやドナルド・キーンさんに対しては、どちらも”日本人”だけど外国人。

後者の場合、どんなに日本語を流暢に話せても、まだ、文化や伝統に精通していても、日本人を体現するような代表者になれるか?と云うと、それは無理だと思うの。

ドナルド・キーンさんの場合は、曙さんに比べたら遥かに日本人的ではないかと言われると、文化、伝統という点においてはそうかもしれない。

スワミィなんて到底、足元にも及ばない、日本文化の体現者よ。

それでも、例えばね、キーンさんが、虐めや体罰についてコメントしたら、当然、反対するでしょう。それらに理解を示すことは絶対に無いでしょう。

でも、その理解を示さない態度の前提となる価値観については、日本人が同じよう反対するのとは、ちょっと違うと思うの。

それは、キーンさんの場合は、国籍は日本人だけど、その価値観の前提は、キリスト教を背景とした欧米人の価値観だと思うの。

一方、日本人のそれらに対する理解、反対は、”日本人”的価値観における、理解、反対だと思う。

もし、王貞治さんだったら、虐めや体罰に当然、反対するけど、その前提は、絶対に”日本人”的価値観における反対だと思う。間違っても、元台湾人としての反対意見なんて、誰も考えないでしょう。

それでは、日本人でもキリスト教徒がいるわけだから、その人とキーンさんは同じではないか、と言われたら、日本人でキリスト教徒の場合、キリスト教を理解する上での前提が、欧米人と日本人では違うと思う。

だから、同じキリスト教を背景とした価値観でも完全に同じとは言えないの。

日本人のキリスト教への理解の仕方については、遠藤周作さんの著作、「沈黙」とか読むと分るんじゃないかな。

日本人は、あくまで、”日本人”的価値観でキリスト教を理解している。

確か、芥川龍之介さんも同じような指摘をしていたと思ったわ。

それで、王貞治さんとドナルド・キーンさんが虐めや体罰について、もし、コメントしたら、王さんの場合は、”日本人”としてのコメント、キーンさんについては、外国人としてのコメントだと、無意識に切り分けたりしないかい?

どちらも”日本人”なのに。この違いが何だろうね?

単純に見た目の問題じゃないか、と云う意見もあるでしょう。

王さんは、日本人顔、曙さん、キーンさんは、外国人顔。だから、”日本人”としても切れ目が出来ちゃうと云う理屈は、全く通らないと思うの。

もし、顔つき、見た目が”日本人”の切れ目なら、帰化朝鮮人、帰化中国人の殆どが”日本人”としてカウントされなければ理屈に合わない。

彼ら3世、4世、全てが分け隔てなく”日本人”としてカウントされる環境があるのなら、そもそも在日3世、4世なんて言葉があること自体、矛盾している。

こう云う言葉の使い方は、日系アメリカ人3世、4世でも同じだと思う。

イタリア系移民3世、4世なんて云い方は普通しない。イタリア系アメリカ人で終わりで、区別なくアメリカ人でも全然通用する。

日本人だけが、自ら、3世、4世の切れ目を与えて区別している。

ここまでで、変な表現だけど、”日本人”という言葉の曖昧さについては明確になったんじゃないかなぁ・・・なんて思うの。どう?

なんで、ここまで、スワミィが”日本人”に拘るのかと云うと、それは、”日本人教”を説明するためで、日本人の殆どが、その”日本人教”に無自覚なのは、日本人が”日本人”そのものに対して無自覚な事と同意だと思っているからなの。

日本人が”日本人”と云う言葉に対して、無自覚なのは、アメリカ人が、”アメリカ人”に対して無自覚なのと同じではないかと言われると、それは同じだと思う。

でも、決定的な違いがある。それは、”日本人”と云う言葉の表と裏の意味の切れ目が曖昧なのに対して、”アメリカ人”には、その切れ目がない。”アメリカ人”は、アメリカ国籍を持っている人以外の定義を持てない。”持たない”のではなく、“持てない”のよ。

持ちようがないのよ。アメリカ国籍以外で”アメリカ人”を定義したら、移民国家のアメリカそのものが存立しない。

アメリカの先住民族(インディアン)の末裔たちも、イタリアやアイルランドの移民の末裔も、アフリカから黒人奴隷として渡ってきた人達の末裔も、日系人も、アメリカ国籍を有するが故に”アメリカ人”であるという前提が曖昧だということになったら、アメリカ人そのものを定義する前提を失ってしまう。

それ以外で、アメリカ人を定義できる条件があれば、教えて欲しい、絶対、無いわ。”アメリカ民族”なんて言葉が存在するなら別だけど、ご存知の通り、”アメリカ民族”なんて存在しない。やっぱり前提は、アメリカ国籍以外に求めることができない。

宗教は、”アメリカ人”と云う言葉に切れ目を与えるかと云うと、厳密に云えば切れ目を与えているかもしれない。

建国当初のアメリカならWASPと云うアングロサクソン人種でプロテスタントとそれ以外の”アメリカ人”との切れ目があったけど、現在では、それほど重要な切れ目ではなく、寧ろ、多種多様な人種構成に埋没する少数派であって、切れ目を際立たせる程の存在感はもうないの。

人口分布的にもWASPは、もう50%切っているはず。大統領も黒人だしね。

それじゃ、キリスト教そのものが切れ目を与えているかと云うと、それも無いと思うの。

何故なら、アメリカに移民する他宗教の人たちは、アメリカがキリスト教の理念に基づいて建国された国であることを知った上で移民するのだから、様々、習慣や社会制度にキリスト教的価値観が埋め込まれていても、それに対して文句を言う人は、極めて少ないと思う。全て納得済みで移民する。

知らないで移民したらキリスト教徒ばっかりじゃないか!ってアメリカ移民局にクレームを付ける人は、一人もいないでしょう。

移民を受け入れる側も、キリスト教徒以外の移民も受け入れている以上、宗教的な差別や区別を付けるわけにもいかないし、既に受け入れる側に、多種多様な宗教構成が出来あがっているから、今さら、それに切れ目を与えて、社会的な対立を生み出して、何のメリットがあるのか考えれば、”アメリカ人”と云う言葉に、その以外の意味、切れ目を設ける必然性がない。

アメリカと云う国は、様々な宗教や人種を飲み込んで、”アメリカ人”に収斂させ、その人材的集約が国力の源泉となり、富を生み出している。

だから、みんなその富のお零れに預かりたくて、”アメリカ人”になりたがる。

他の国でも同様で、基本的には、国籍が○○人と同意で使われている場合が殆どだと思う。もし、日本と状況が似ているとしたら、フランスとかドイツとかは、ちょっと似ているかもしれない。

フランス人なら、”真のフランス人”とかドイツ人なら”ゲルマン魂”とか、意味合い的には、”日本人”と云う言葉の使い方に似ていると思う。

例えば、ドイツに移民し、ドイツ国籍を取得したトルコ系スポーツ選手に対して、”ゲンマン魂を見せろー!”なんて、声を掛ける人は普通いないでしょう。差別的に使うなら別だけど・・・

そのトルコ系移民が何代目になれば、つまり、3世だったり、4世だったりしたら、”ゲルマン魂”が備わるのかと云う定義と、在日3世、4世と”日本人”を区別する意味合いがとても似ていると思う。

フランス人も、その言葉の定義は、アメリカ人同様、フランス国籍を持っていること以外に定義できない。それにも関わらず、フランスの右翼系政治家さんが、よく、”真のフランス人”という云い方する。

”真のフランス人”がいるのなら、”偽のフランス人”もいることになる。”偽のフランス人”ってなんだろうね?

もし、”フランス人”や”ドイツ人”と云う言葉に、”日本人”と同じように切れ目を与える物があるとすれば、それはキリスト教だと思う。

”真のフランス人”とは、フランスの伝統や文化を継承したキリスト教徒のことで、”ゲルマン魂”が備わるのは、ドイツの伝統や文化を継承したゲルマン系キリスト教徒ということになる。

これらの国では、キリスト教徒とそれ以外のユダヤ系やイスラム系市民の間に切れ目があり、常に彼らは、政治的にも文化的にも微妙な立場に置かれ易い。

フランスだっけ?ドイツだっけ?”ブルカ禁止令”とか”割礼禁止令”とか中世紛いの法律が現代でも通ってしまう。

今回のは大作だから、まーーだ、結論は急がない。でも、ボヤ~とだけど見えてこないかい?

スワミィがずっと”切れ目”って言葉を使っているけど、その”切れ目”の正体が。

”日本人”に切れ目を与えているのは、間違いなく宗教だと思うの。

それも仏教とか神道とか、況してや、キリスト教でも儒教でもない。それは、”日本人教”であるか否かが切れ目を与えていると思うの。きっぱり断言

王貞治さんとドナルド・キーンさんとの間に切れ目を与えているのは、元の国籍でもなく、アジア人、欧米人の区別でもなく、日本文化に精通しているかでもなく、王さんは、”日本人教”の教徒で、キーンさんは、”日本人”教徒ではない。

在日3世、4世と”日本人”との間の切れ目も、見た目や民族の違いではなく、”日本人教”が切れ目を与えていると思う。

フランス人やドイツ人が切れ目を与えているキリスト教に無自覚というこはあり得ないけど、日本人の場合、切れ目を与えている”日本人教”に無自覚であるために、恣意的に無自覚に切れ目を使い分けている。

その為、”日本人”の切れ目のボーダーにいる人(在日3世とか4世)たちは、切れ目を与えている方の人たちにも、切り離される方の人たちにも、どちらに所属させればいいのか明確な基準を示せないので、ボーダーにいる人たちのアイデンティティがどちら側にあるのかについて、両方とも悩んでしまう。

もし、在日3世、4世が”日本人”になるには、ライフスタイルも伝統、文化も関係なく、”無自覚に日本人”だと自覚したとき、始めて”日本人”になるのだと思うの。

因み、昔、ナチス時代のドイツでは、その切れ目に法的な定義を与えて、ユダヤ人大虐殺が行われたのだけど、その切れ目の定義が、”ユダヤ人”であったため、”ユダヤ人”の定義自体に曖昧な”切れ目”があり、ゲルマン系でキリスト教徒なのに”ユダヤ人”と認定されて殺された人がたくさん現れちゃったの。

理由は、4分の1ユダヤ人の血が流れれているということだったと思う。つまり、3世ならアウトで、4世ならセーフということね。

まだまだ、この話は続くのよ。もう飽きちゃった?

スワミィは、書くのに飽きたわ❤

続きは、次回に書くけど、スワミィは、”日本人”に切れ目を与える”日本人教”が、日本人と外国人、日本民族と他民族、日本文化と他文化・・・そういうものに切れ目を与えるために機能しているということ説明したい訳ではないの。

それも機能の一部だけど、それは、明治以降、日本人が外国人と頻繁に接触するようになったら、明確になった機能の一つであり、”切れ目”で、”日本人教”の機能的な”切れ目”の本質的な目的は、”日本人”に対して”切れ目”を与えるものだと思っているの。

つまり、”真の日本人教徒”と”偽の日本人教徒”とそれ以外に切れ目を設けるのが”日本人教”の”切れ目”の目的だと思うの。

これについては、”日本人教”の”教義”を説明しないと、また、それが分ると納得して貰えるんじゃないかなぁ・・・なんて思っちゃう。

最終的には、”日本人教”が日本人特有の“病”の根源だと思っている。

疲れたわ・・・

スワミィより❤

zz22

久々に真面目なことを書いたら

知恵熱がでちゃったわ❤

不憫な子だわぁ、スワミィ

 

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