Get Adobe Flash player
スポンサーリンク
当サイトについて
このエントリーをはてなブックマークに追加


ココロ Heart ヒーリング スワミィ
所在地:神奈川県鎌倉市
プライベートサロンにつき住所詳細を非公開です。 また、お問い合わせは、メールのみです
時々、深い瞑想に入り2,3日メールの返信が遅れる場合があります。その場合は、暫く、瞑想明けまでお待ちください。 何卒、よろしくお願いします。

最近のコメント
2019年7月
« 5月    
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  
スポンサーリンク

スワミィから本当の自分に変わりたい人へ❤

このエントリーをはてなブックマークに追加

スワミィだよ❤

”本当の自分に変わりたい”という相談内容がよくあるよね。

傾向としては、人見知りだったり、人付き合いが苦手、自分の気持ちをはっきり伝えられない、自分を偽っている。相談できる友達もいない。仕事でも雑談ができない。交友関係も狭い・・・・一括りにしちゃえば”内向的な人”ということだね。

乱暴な関連付けだけど、コンパクトに文章を纏めるには、これしか方法がないんだ、赦せ。

それに子供の頃の記憶を取りだして、DVとかPTSDとかとリンクして、それが原因じゃないかとか。

そういう自己診断やカウンセラーさんの診断回答とかよく見受けられる。

まぁ、そうなのかもしれない。そうじゃないかもしれな。相談内容だけで判断することは難しいよね。

これについて全く別の視点をこれから書くわ。

その内容はかなり厳しい内容になるから、無理して読まなくていいよ。ショックで死んじゃった困るから。あは。

以前も書いたけど、”内向的な性格”、”外交的な性格”という分類はあるけど、それのどちらが”良い”とか”悪い”とかの分類はない。

それだけでも充分に納得してもらえると思うんだけど納得しない人が多いね。どちてだよ?

そういう人は、”内向的な性格”よりも“外交的な性格”の方がメリットがあると思っているからだと思うの。

そのメリットとは、経済的メリットや精神的なメリットだと思うの。現実的な損得があると思わなければ、”外交的な性格”になりたいなんて思う人はいないのと思うの。

”外交的な性格”だと異性から嫌われるとか仕事でも差別されるなんてことがあれば、そんな性格になりたい人は、余程の捻くれ者じゃない限りいないと思う。

逆に”内向的な性格”だと異性から嫌われる(そんなことないんだけど、話を盛り上げるためだから赦せ)仕事でも差別されるなど現実的なデメリットがあると思っているから、”外交的な性格”になりたいんだよね。間違いないと思うけど。

いつもの如く、それって本当?

いきなり大袈裟な話を書くと、”外交的な性格”にメリットがある、”内向的な性格”はデメリットがある、これが事実なら、自然淘汰で今ごろ”内向的な性格”の人は絶滅していると思うんだけど。どうかな?

それとも今始まったばかりだから、これから絶滅しちゃうのかな?(あら可哀そう)

”内向的な性格”とか“外交的な性格”という分類は最近出来たものだけど、その性格が昔からあったから分類されたわけで、分類されたからその性格が生まれたわけではない。

でも、縄文・弥生時代まで遡って”外交的な性格”、”内向的な性格”の人がいたかどうかはちょっと分らない。

仮にいたとしても、何の影響も無かったんだと思うの。

または、乱暴に分類すれば、狩猟型の縄文人は、”外交型?”、農耕型の弥生人は、”内向型?”、これは勝手な想像だからあんまり本気にしないでね。

今の日本人は、縄文人と弥生人の混血だから両方の性格を受け継いでいるハズ。

江戸時代に”内向的な性格”のお侍さんが人間関係に悩んで”出社拒否(登城拒否)”したら間違いなくお殿様は激怒しちゃって切腹だよね。家名断絶だよ。

やっぱり、性格の分類に伴い”良い”、”悪い”、メリットの”有る無し”が意識されたのは、明治近代以降だと思うの。

戦前の軍隊でも虐めの話とかあるから、四民平等社会以降に顕在化した性格意識なんだと思うの。

”内向的”、”外交的”な性格の分類と”良い”、”悪い”は関係ないと言っても、現実にそれが”機能”しているから、”内向的な性格”は、悪い、”外交的な性格”は、良いとイメージされているのだと思う。

たぶん昔から”内向的な性格”や”外交的な性格”な人はいたと思うの。現代と決定的に違うのは、その性格分類が現実社会では全く機能していないかった。

身分社会、カースト社会だから、職業選択の自由も居住の自由もないから交友関係は限定されたもので、”内向的な性格”だから、お侍さんとはお友達にはなれない・・・とほほ、なんて思い悩む町人さんはいないでしょ。

そういう性格の分類の善し悪しは、明治以降、平等社会における疑似カーストを構築するための機能の一部だと思うの。

全てではないけど、疑似カーストを構築するのに影響を与えてる機能の一つだということね。

例えば、外交的な人で思い浮かべるイメージは、政治家、芸能人、会社の社長さん、上司さんとか、権力者、支配者、強者、社会的、会社的にも地位の高い人をイメージしない?

内向的な人と云えば、その逆じゃない?内向的な政治家さんとか内気な社長さんとかイメージできないでしょ。

性格の分類に現実的なメリットを見出しているとしたら、そういうイメージから見出しているのだと思う。

実際、外交的な人は、その性格を自覚的か無自覚的かはともかく、それ発揮して社会的地位を獲得しているでしょう。

芸能人の”外交的性格”の原動力の中心はルックスでしょう。それ故に”外交的性格”が形成されている。

政治家や社長さんは、生まれ育った環境や資産が”外交的性格”の原資でしょう。

それ以外の普通の”外交的性格”な人も生まれ育った環境が一番影響している。

従って”内向的”な性格の形成に家庭環境の影響があるというのは、”機能不全家族”かどうかは兎も角、その通りでしょう。

性格の善し悪しに現実的なメリットがあると思われるから、”本当の自分になりたい人”が次から次へと現れるのはある意味当然かもしれない。

”本当の自分になりたい人”は、現実的なメリットを欲しているし、また、自分は”弱い”存在であり、”強者”に対する憧れがあると思う。

さて、いよいよ君の出番だよ。ニーチェ君に登場してもらおう❤

“本当の自分になりたい人”は、是非、ニーチェ君の思想にどっぷりハマりなさい。うんざりするから。

ニーチェ君は、”本当の自分になりたい人”=平凡な人が憧れる権力者や支配者や貴族的な者を”強者”と定義して、一まとめにして”超人”って名付けたんだけど、「ツァラトウストラ」を100万回読んでも、その本意は理解できないと思うの。

ニーチェ君本人もそう言っているから間違いない。バーカ (※バーカだなんて酷いこと書いているなんて思わないでね。スワミィとニーチェ君との仲はそんな仲じゃなんいんだから、もうズブズブよ❤)

「道徳の系譜」を読むとその本意が理解できると思う。

いきなり”道徳”だなんて、性格の善し悪しと何の関係もないと思うけど、実は関係ないんだけど、最終的に無理やりこじつけるから気にしないで読んでね。あは。

ニーチェ君は、道徳や倫理的に”良い”とか”悪い”とかは、本来、歴史的に権力者や支配者や貴族的な者と同意なことだと言っている。

”良い” = 権力者、支配者

という単純図式。

“アタマの良い人”は、まず、ここで最初に誤解しちゃう。

“権力者や支配者なんて、みんな嘘つきで泥棒と同じじゃないか!”、そうね、確かに現代はその通りね(怒られちゃうかしら)、昔からそうかも知れない。いや、そうなんだけど。

だから、道徳や倫理的に“良い”とされるモノは、権力者や支配者や貴族的な者からそれ以外の普通の人々、大衆が引き受けることになった。

ニーチェ君は、そこから人間の堕落が始まったと言っているんだよねぇ・・・それを推進させたのは“貧者の宗教”キリスト教だと言うの。

そのキリスト教の母体になったのはユダヤ教のユダヤ人だから、ニーチェ君の目の敵されて、それを”アタマの良い”ドイツ人に利用されちゃってホロコーストされちゃう。

大衆の全てが”良い”道徳観、倫理観を引き受けるなんて現実的にはあり得ない。いても少数派で影響力は極めて小さい。

数は少ないけど、少ないからこそ全ての権力者や支配者などの”強者”が、”良い”を実行していれば、その影響力は絶大で、素晴らしい社会が実現されたでしょう。

だけど現実はそうならなかった。

“アタマの良い人”は、ここでも誤解しちゃう。

大衆をバカにしている、強ければいいのか?権力者なら何をやってもOKなのか?って思っちゃう。

ニーチェ君は、権力者や支配者は、道徳や倫理的に“良い”でなければならないと言っているの。彼らにはそれを引き受けなけばならない義務があるの。責任があるの。それ故に”強者”なの。わかる?

だから、ニーチェ君は、みんなに”強者”を目指しなさい、権力者や支配者を目指し道徳的に倫理的に“良い”を引き受け、それを行使しなさいと言っているの。

神にも頼らず、”良い”ことができる人が“超人”なの。

ただ単に、強い人、権力者、支配者を目指すことが”強者”や“超人”になることではなく、それに伴う責務(道徳・倫理)も引き受けることが”強者”、“超人”になることだと言っているの。

”本当の自分になりたい人”は、そこまで崇高な理念を持っているわけではなくて、それこそ、ただ単に”強い人”になりたいだけなんだろうけど、ニーチェ君に言わせれば、そんなただの”強い人”になりたいだけなら迷惑だからやめろって言うと思う。(スワミィも同じ意見)

普通の人は、平凡に生きるのが一番幸せなのよ。

これで納得してくれれば、この話はこれで終わりなんだけど、たぶん納得しないよね。

どうしても”本当の自分になりたい”って思っちゃうよね。

やっぱりニーチェ君には引き続き残ってもらおう❤残業代は、スワミィのカラダで払うわ❤きゃ。

スワミィは、ニーチェ君が嫌いなんけど君は凄いよ。面倒くさいけど「道徳の系譜」からある部分を抜粋しよう。

「強さに対してそれが強さとして現れないことを要求し、暴圧欲、圧服欲、支配欲、抵抗欲、祝勝欲でないことを要求するのは、弱さに対してそれが弱さとして現れないことを要求するのと全く同様に不合理である」

つまり、強さに対して強さが現れないことを望むことと弱さに対して弱さが現れないことを望むことはどちらも理屈に合わないって言っているの。わかるよね?

”内向的な性格”の人が現実的な利害関係を損なうとしたら、仕事における立場が最も顕著だと思うの。

人付き合いとか人間関係の構築が苦手で、それによって仕事上のデメリットを自ら生じさせていると思っている。

また、上司や周囲の人から、”お前は暗い奴だなぁ”とか言われて、自分でもそう思っているから落ち込んじゃう。

厳しい上司が、”お前は、もうちょっと人付き合い良くして、もっと積極的に仕事をしないとダメだよ”とか言われる

そういう経験をして、しょぼーーんってしちゃった人は結構いるでしょ?

もう自分はダメだぁ、って会社を辞めちゃったりとかね。

これは、”強い者”が”弱い者”に強くなれと言っているのと同じだね。

ニーチェ君は、これは不合理だと言っているのよ。”強い者”が”弱い者”に同じ”強さ”を求めることは、”強い者”が”強い者”としての責任を果たしていないことと同じなの。

と同時に”弱い人”は、上司や同僚の言っていることがその通りだと思っても内心では、”もうちょっと他の言い方はないの?”とか”もっと自分のことを分かって欲しい”とか”内向的な人にもできる仕事を与えて欲しい”とか、そういうことを思ったりしない?

もし、そう思うことがあるとしたら、ニーチェ君はこれも不合理だと言っているの。理屈に合わない。

”弱い者”が弱い立場のままで、”強い者”に”弱い者”の方へすり寄って欲しいと思うことは、都合が好過ぎるということよ。

弱い人に対してちょっと厳しい意見かもしれないけど、問題の本質は、”強い者”がその責任を全うしていれば、上記のようなやりとりは起こらないと思う。

話は飛んじゃうけど”パワハラ”って”パワーハラスメント”のことで、これは和製英語で日本発祥の言葉なの。

”過労死”とかと同じね。

アメリカで働いていた時、パワハラってあったか?と云うと、気付いていなかっただけかもしれないけど、日本人出向者の中ではパワハラってあったね。

アメリカ人の上司が部下にガンガン説教している姿は見たことないんだよね。スワミィが見たことないから全くないとは云わないけど、この言葉が日本発祥というのにはちょっと引っかかる。

日本の管理職とアメリカの管理職との決定的な違いは、職務権限の差ではなくて給料の差だと思う。

日本だと一部上場企業でも、新卒平社員と課長クラスの管理職との給料の差が倍以上ある会社って殆どないと思う。部長クラスで1千万円台というのは普通にあると思う。

それ以下の企業も結構多い。

アメリカの管理職の給料と平社員の給料の差はとても大きいの。日本の中間管理職クラスで倍以上の差があって、部長クラスになると3倍、4倍は当り前。取締役クラスになると天文学的給料になってしまう。

でも、その役職に応じた責任の重さは、日本もアメリカも大して変わらない。

だからアメリカ人の管理職は、日本人同様早朝から深夜まで働いているよ。でも、部下に対してガミガミ言わないのは、それだけ貰っているからだと思う。平社員だって自分たちより倍以上の給料を貰っているのだから当然だって思っている。

それがもし上司が部下にガミガミ言って部下が精神疾患になったら、訴訟大国のアメリカは一発退場よ。それこそ天文学的賠償金を取られちゃう。

日本の場合、責任は重いけどそれに見合う給料を貰っていないから、どうしても言いたくなっちゃうよね。”お前らちゃんと働け!”ってね。

パワハラには、そういう構造があると思うだけど。

なんか本題から離れちゃったから元に戻すと、”本当の自分になりたい”ということだよね。忘れそうになった❤あは。

”内向的な性格”に現実的な利害関係があるということはスワミィも認めます。だから、”外交的な性格”になりたいんだよね。

それが”本当の自分”ということなんだよね。

”外交的な性格”に変わりたいということは、その性格に経済的メリットがあるからだと思うの。または、それに伴う精神的なメリット。

仕事もお金もホクホクなら、ココロもホクホクでしょ。

ところで、仮にカウンセリングとか受けちゃったりして、希望通りに”外交的な性格”に変わったとして、その後の状況について考えたことはある?

”外交的な性格”に変わって、仕事もお金もココロもホクホクの状態。

仮に”内向的な性格”によって、経済的にも精神的にもメリットを享受できない状況にいたとすれば、仕事もお金もココロもホクホクの状態は、今まで自分が生きてきた世界とは全く異なる世界に身を置くことと同じだという意識はあるかな?

”本当の自分になりたい人”は、なりたい願望はあっても、そうなった後の状況から生じる責任についての意識はあるかな?。

なったらなったでそれに相応しい責任も背負わなければならない。

なることばかり考えて、なった後のことについてまで考えている人は少ないと思うの。どうかな?

“人付き合いが良い”、

“人間関係の構築が良い”、

“誰とでも直ぐに仲良くなれる”、

“自分の意見をはっきり言える”、

“自分を偽らない”・・・

上げたら切がないけど、そういう人になりたい憧れている人は、そういう人たちが背負っている責任や“状況”について考えたことがあるかな?

友達も多く仕事でも円滑に人間関係を構築して評価される、その代わり仕事においては人より多くの責任を背負わされる。

朝から晩まで仕事関係や友達からの電話が鳴りっぱなし。

自由に自分らしく生きているイメージしかなくて、その状況におけるストレスや辛さについて考えたことがあるかな?

たぶん、カウンセリングとか受けて、自分が変わった気になって、いざ”本当の自分”になったら、それ以前にはなかった別の面倒くさい状況にビックリしちゃって、違う病気になっちゃうんじゃない。大丈夫?

因みにスワミィの会社勤め時代は大変だった。

朝から晩まで携帯は鳴りっぱなし、メールは溜まりっぱなし、寝ても覚めても仕事の電話、電話、電話、会議、会議、会議、資料、資料、資料・・・

一度、夜10時頃に、家でのび~っとしてて、さぁ寝ようかと思ったら会社から呼び出されて客先の会議に出たことがあるの。

スワミィが作成した資料が客先で大問題になっていて、終電とタクシーで客先に直行してそのまま朝まで生会議よ。ぶひ。

もし”本当の自分”になって、”外交的な性格”になって、新しい世界に身を置いて、経済的、精神的メリットだけ享受して、それに伴う責任は負わず、それは今のままでいいと思うのなら”弱い者”が弱い立場のままで”強い者”だけに弱い方に下って貰いたいと思う不合理と同じだと思うんだけど。

どうかな?ちょっと厳しいかな?

最終的な結論は、より高い自分を目指すことに自分の価値を見出すのなら、それに相応しい義務と責任も背負わなければならない。

そこまでの覚悟があるのなら”本当の自分”なってもいいと思う。スワミィも応援するよ。

その自覚を持てない人は、残念だけどスワミィは応援しない。

性格を変えても絶対に変わらないから。

別にスワミィの応援なんて必要ないかもしれないけど、他のカウンセラーさんと仲良くやってください❤

ここで”本当の自分になりたい人”を見放そうかと思ったけど、ちょこっとだけアドバイスするわ。優しいでしょ?

もう書くの面倒くさいんだけど、内向的な人は、内向的でいいのよ。開き直ればいいのよ。

今ある自分をより強く認めるの。

会社の人事評価で、外交的か、内向的かの基準だけで給与に差をつけている会社は絶対にない。

外交的か、または、内向的かで職責、職分を“区別”している会社はあると思う。

外交的な人は一般的に営業職とか、内公的な人は一般的に技術職とか。それによって給料に差が出るのは仕方がない。

ただ外交的な性格だからそれに相応しい仕事に就いたとしても給料が高いというわけではない。

営業職だから給料が高いというわけではないでしょ。ノルマもあるし、歩合もあるでしょう。

内公的な性格だからそれに相応しい仕事に就いたとしても給料が低いというわけではない。

会社の業種、業態によって職分における評価基準は異なる。

内公的な性格を自覚し、それを認め、それに相応しい仕事や技能についても自覚できるのなら、職業の選択を間違えないと思うんだけど。

陳腐な例え話だけど、内公的で引きこもりでゲームとインターネットが趣味な人は、その性格と趣味を自覚しているのなら、その道を進むと思うの。

実際、ゲーム業界やコンピューター関係の業界には内公的な人が多いと思う。偏見かもしれないけど、やっぱりそうだと思うの。

そういう業界は、そういう性格の人が多いということを前提にして、会社組織やプロジェクトを組成している。

内向的な人を外部交渉の矢面に立たせるようなことは絶対にしない。プロジェクトの生死に関わっちゃう。

内向的な人には、それにあった仕事があるの。プログラミングとかね。給料は安いけど、ドロップアウトしちゃってアルバイトで細々と生活するよりはずっといいよね。正社員ならもっといいよね。

この例は偏見的で極端な例かもしれないけど、内向的な性格を自覚しそれを長所として認めることができるのなら、それに応える仕事は幾らでもあると思う。

希望の扉は誰にも開かれている。

内向的でそれが不満で、より高き自分を目指す人は、本来の自分に用意されている希望の扉を自分で閉じていると思う。

または、損得勘定で考えるなら、本来の自分のままで、本来の自分に相応しい職業を選択して、努力し、高い給料を得る。

本来の自分を変えて・・・カウンセリングとか受けて、当然、費用も時間も掛かる・・・その上で、変わった自分に相応しい職業を選択して、努力して、高い給料を得る。

同じ高い給料を得るのなら、自分を変えるための費用と時間と労力が掛からないありのままの自分の方がお得だと思わない。

変わらなくても、変わっても、給料は安いかもしれない。それなら大損だよね。

内向的な人の大半は、スワミィがここに書いたようなロジックを駆使して、自分の人生を選択しているわけではなくて、自然と成り行きで、気がついたら自分の性格にあったスキルを身につけてそれを職業にしている。

ある時、自分の性格に不満を持った人は、その不満だけが充満しちゃって、他の普通の内向的な人が自分に合ったスキルを磨いたり、自分の性格にあった対人関係を構築している間、ひたすら悶々とした不満と不安の中だけで時間を潰しちゃっている。

そのうち、同じ内向的な人なのに普通に会社で働いているだけで、この人は自分とは違う”外交的”な人だと思っちゃったりする。

または、内向的で普通に働いている人と会社でお友達になっても”本当の自分になりたい人”は、いつか裏切られちゃうじゃないかとか不安でいっぱいになっちゃう。

そしてキレちゃってドロップアウトしちゃう。

こういう人のことをルサンチマン的な人っていうのよ。

こうなっちゃったらカウンセリングしても何やっても変わらないと思うね。落ちるところまで落ちるしかないの。

一番下まで落ちで絶望して、その時になってやっと自分を認めるしかないと思うことができるのなら、

希望の扉が開くと思うわ。

世の中は、誰に対しても同じように扉を開いて待っているの。

自分をありのままの姿で認めることができる人だけが、その扉の中に入っていける。

それができない人は、ドラえもんの”どこでもドア”が発明されるのは、西暦2100年頃だから、

あと90年くらいお酒もたばこもやめて、カラダを鍛えて頑張って長生きして、その”どこでもドア”で好きなところへ行ってください。

いつも以上に冷たいオチね。

それは、生理中だからよ。

今回の対象者はツイていなかったねぇ・・・ごめんよ~

スワミィだよ❤

icon_doraemon64

スワミィもどこでもドアで

南の島へ行きたいわ❤

もちろん、ビキニよ。きゃ

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*