レインボー (16)

 

塾の帰り。

クリスマスも間近に迫り、街のイルミネーションはひときわ輝いていた。 今年の僕にはほとんど関係ないのでなんだか少しさみしい気もするが、この、何ともいえない高揚した雰囲気は、きっと人々が思い描く夢そのものなのだろう。

 

家に着くと母親は外出中で、冷蔵庫の中にシチューがあると、テーブルの上にメモがのっていた。

食事が済んで、洗い物を流しに戻すと2階へ上がった。 椅子に座り、なんとなく机周りを眺める。 ・・・なんだかいろいろなものが積み重なっている。 参考書、問題集、ノートにプリント類・・・新聞雑誌のたぐいまであってごちゃごちゃだ。

片付けよう。

 

まずは、机の上に目を向ける。

結果が出てからすでにだいぶ経っているテスト用紙や、塾の模試のプリント、DMなんかでパソコンの横がふさがっていた。 ちらりとめくってみたが、結局そのままゴミ箱行きとなる。 DMは、読んだら今度は、すぐいるものだけボードにでも貼って、それ以外は捨ててしまおう。 いつか・・・なんて思っても、取っておいたその情報が役に立ったためしがない。

 

机の横に、机と同じ高さでもう一つ設けてある引き出しの上に、読んでそのまま積み重ねてしまっていた本は、きょう寝る前に読む一冊だけを残して、本棚へ戻した。 下に下りて除菌のできるウエットティッシュを持ってきて、物がなくなった机の上と、パソコンとをすみずみまで拭いた。

見違えるほどきれいに広くなった机の上やその周囲を見て、以前本で読んだ事を思い出した。 机や床の平面積は、仕事の能率や出世と大いに関係があるらしい・・・平面の広がりというのは、豊かさのシンボルなのだそうだ。 だから、大きな銀行の床が広々としているのはそのためらしい。 逆に、机や床の上がごちゃごちゃしている人は、経済的な問題を抱えやすいんだそうな・・・。

こうやってきれいになったのを見ていると、それも一理ありそうな気がする。

 

今度は部屋全体を見回し、部屋の隅に重なっている雑誌や、ハンガーラックにただひっかけてある上着やズボン、バッグなどをきれいに整頓した。 雑誌の方は、以前通販で何かを買ったのがきっかけで、その後も毎号届く分厚いカタログやら、ずいぶん前の週刊誌もあった。 取っておいてあるわけでもないが、放置しておくと自然とそれきり忘れてしまう。 知識によれば、無意識がそれに慣れているから平気だという事らしいが、それで平気だという事は・・・。 今度からは意識的に片づける努力をしよう、と小さな決意。

さっきの本の原則は、一つ増やす時は、それまで持っていたものの中から一つ捨てる、だっけ。 そう考えれば不必要なものを安易に買う事もなくなるだろう。 『本当に必要なものは、必要な時に現れる』 という、どこかの神様の金言もあった。

 

すっきりしたら掃除機をかけたくなったので、もう一度下に下りて持ってくる。 母親がいなくなればその日から、生活に必要なすべての事は自分がやらなくてはならないのだ。 当たり前だが。 掃除機を戻しに行ったついでに、自分の食べ終えた後の食器も洗った。

 

さすがにきれいになった部屋を眺めていたら、なんだか花を飾りたくなった。 不思議なものだ。 これも心の余裕というやつだろう。

掃除のために開け放した窓から、冷たい冬の空気が流れ込んでくる。 そろそろ閉めよう。

この次病院に行く時には、みちるさんにも花を買って行こう。 それは自分でも、最高の思いつきに思えた。